2010年12月18日土曜日

アマデウス




1984・アメリカ
監督:ミロス・フォアマン
製作総指揮:マイケル・ハウスマン、ベルティル・オルソン
製作:ソウル・ゼインツ
脚本:ピーター・シェーファー
音楽:ジョン・ストラウス
出演:F・マーリー・エイブラハム、トム・ハルス

 本作アマデウスは、ブロードウェイで好評を博した舞台『アマデウス』の映画化で、稀代の天才ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルの生涯を、彼の才能を妬み殺害した、と語る年老いたサリエリの回想によって綴られる物語です。また本作は、アカデミー賞の作品賞、監督賞、主演男優賞などの8部門を受賞しました。監督ミロス・フォアマンの最高傑作と位置づける声もあり、彼の生涯かけたテーマである「自由と迫害」を、常識と常識を踏み外す超人の相克として描いています。

 あらすじですが、以下になります。

 1823年11月のある晩、ウィーンの街でひとりの老人が発狂して自殺を図り、病院へ運ばれた。この老人は、かつてウィーンで最も尊敬された宮廷音楽家、アントニオ・サリエリ。数週間後、サリエリの告白を聞くために若年の神父・フォーグラーが病室を訪れた。やがて、サリエリの回想が始まった…。イタリアに生まれたサリエリは、作曲家として優れた才能を持っていた。やがて音楽の都ウィーンへ赴き、皇帝ヨーゼフ2世付きの宮廷音楽家になった。そんな順調なサリエリの人生も、天才ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトに出会ったことで狂わされていく…。


 物語はモーツァルトと同時代を生きた宮廷音楽家のサリエリの苦悩を描いています。彼は音楽家として凡人です。現に自分達はサリエリの作曲した曲など全く知りません。それに対し、神に選ばれたとしか表現できないような天才モーツァルト。

 しかし、彼はモーツァルトの才能を、天才としての資質を見極める才能は持っていました。天才の才能を理解出来ずに無視することが出来れば良かったはずです。でも、皮肉なことに、彼は、モーツァルトの音楽性を見抜くことにおいて天才でした。それが悲劇の始まりでした。
 圧倒的富、名声、地位がありながらも神の声を聞くことが出来ないと苛立つサリエリの苦悩は嫉妬という、人間の感情としてはあまりにもマイナスな面を引きだしてしまいます。さらにその感情は憎悪に変わって行きます。 

 もし、自分の友人や仲間が自分とは比べ物にならないくらいの才能を持って仕事をこなしていたら、自分はその人物の成功を心から祝福できるだろうか?神は全ての人間を平等に愛してると言われても、心からそれが真実だと思えるだろうか?思わずサリエリに感情移入してしまう自分が怖くなります。

 他人にあって、自分にはないものを羨んだり、妬むことはやめて、自分にあるものを伸ばしてゆけばいいのかもしれませんね。

な~んてことを考えさせられました。

 また、冒頭の「交響曲第25番」から始まる、作品全般にわたって流れる音楽の質の良さは改めてモーツァルトの凄さ、偉大さを感じさせられます。でも、この作品を観ると本当にバカと天才は紙一重なんだなということを痛感します。






 こぼれ話ですが、撮影監督のオンドリチェクは当初この撮影のため、『バリー・リンドン』での蝋燭照明のみによる撮影に用いられたレンズを、キューブリックから借りようとしたが、断られたそうです。
 しかし、『バリー・リンドン』を監督したキューブリックは、同年公開の『カッコーの巣の上で』で本作品の監督であるフォアマンにアカデミー監督賞を奪われています。 



我が敬愛するキューブリック監督へ・・・。カメラ貸してやれよ・・・。 

2010年12月16日木曜日

クリスマス特集 第2回 『ホーム・アローン』


監督:クリス・コロンバス
脚本:ジョン・ヒューズ
出演:マコーレー・カルキン/ジョー・ペシ/ダニエル・スターン/ジョン・ハード/キャサリン・オハラ/アンジェラ・ゴーサルス/キーラン・カルキン/ロバーツ・ブロッサム/デビン・ラトレイ/ジョン・キャンディ/クリスティン・ミンター/他

 第2回クリスマス特集!『ホーム・アローン』!やっぱり、僕が個人的に、もっとも思い入れがあるクリスマスの映画といえば、ホーム・アローンシリーズですね。

 クリスマスシーズン、金曜ロードショーでウキウキしながらテレビにくぎ付けになったのを覚えています。もはや説明不要の傑作コメディですが、一応、あらすじは


 クリスマスの家族旅行で、シカゴに在住するマカリスター家はパリに行くことになっていた。しかしその当日の朝、停電の発生によりセットしていた目覚まし時計がリセットされてしまい全員が寝坊し、急いで空港へと向かったため、前日の兄とのトラブルにより屋根裏部屋で寝ていた8歳の少年ケビン・マカリスター(マコーレー・カルキン)が一人家に取り残されてしまった・・・。ケビンはうるさい家族がいなくなった事を喜び、一人暮らしを満喫するが、その家を二人組の泥棒、ハリー・ライムとマーヴ・マーチャントが狙っていた。ケビンは家を泥棒から守るべく、日用品などで家中に仕掛けを作り、泥棒たちを迎え撃つ。笑いあり、涙ありの心温まる物語。


 幸か不幸か、これがピークのマコーレー・カルキンはもちろん可愛いんですが、この映画をおもしろくしてるのはとことんドジでマヌケな泥棒2人組だと僕は思います。


 それもそのはず。なんと泥棒コンビのチビの方は、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』、『レイジングブル』、『グッドフェローズ』、『カジノ』などスコセッシ映画を中心に活躍した、名優中の名優、ジョー・ペシ。スコセッシ監督などの作品では、身の毛もよだつ暴力的なイタリアン・マフィアのイメージが強い彼ですが、本作では、おばかな泥棒を演じています。見事なコメディセンスを発揮していて、役柄の幅、広すぎます。この映画が面白いのは、そうしたわきの硬め型が半端じゃないことも理由としてあるでしょう。

そんなわけで、大人も十分楽しめる作品、『ホーム・アローン』。
 


もう一度、クリスマスに家族と一緒に観てみるのはいかかでしょう。

2010年12月15日水曜日

バニラ・スカイ


監督:キャメロン・クロウ
製作総指揮:ジョナサン・サンガー/ダニー・ブラムソン/フェルナンド・ボヴァイラ/ビル・ブロック/パトリック・ワクスバーガー
製作:トム・クルーズ/ポーラ・ワグナー/キャメロン・クロウ
脚本:キャメロン・クロウ
撮影:ジョン・トール
音楽:ナンシー・ウィルソン

キャスト
トム・クルーズ
ペネロペ・クルス
カート・ラッセル
ジェイソン・リー
ノア・テイラー
キャメロン・ディアス

 第5回、『バニラ・スカイ』です。とりあえず、今回もクリスマス特集は、お休みで。本作『バニラ・スカイ』もクリスマスの時期にはぴったりの映画なんですけどね。この作品を観る前、僕の周りの人の本作への評判があまり良くなかったので、さほど期待をせずに観たのですが、初めて観たときの印象は、時間が経つにつれて、じわじわその良さが伝わって来て、また観たくなる、そんな感じでした。つまり、好き嫌いが大きく分かれる作品だと思います。ですが、僕は、みなさんにぜひ観ていただきたい。自信を持ってお勧めします。
 『あの頃、ぺにー・レインと』や『ザ・エージェント』のキャメロン・クロウ監督作品です。僕の大好きな監督のひとりです。


 さっそく、あらすじですが、以下になります。

 マンハッタンの豪邸に住み、高級車を乗り回し、おまけにハンサム。完璧な人生を謳歌する出版界の若き実力者デヴィッド・エイムス。ジュリーという美しい恋人もいて、何不自由ないはずが、どこか物足りなさを感じていた。そんなある日、デヴィッドは親友の恋人ソフィアに一目惚れしてしまう。しかし、デヴィッドの心変わりを敏感に察したジュリーは、嫉妬に駆られて自ら運転する車でデヴィッドとともに崖に突っ込んでしまう。奇跡的に一命を取りとめたデヴィッドだったが、その顔は怪我のために見るも無惨に変わり果ててしまう……。

 実は、この作品、東京国際映画祭でグランプリをとった、スペインのアレハンドロ・アメナバール監督作品「オープン・ユア・アイズ」のリメイクなのです。そして、ペネロペ・クルスは、同じ役で登場します。オリジナルに比べると、音楽の使い方がポップで、総会で心地よく、かつ、おしゃれです。監督がロック・ジャーナリストから出発したキャメロン・クロウ、音楽がクロウの奥さんでロックバンド歌手のナンシー・ウィルソンだというのが効いているに違いありません。

 この作品の魅力のひとつは、映像のセンスや音楽の選曲センスが非常に良く、それが、映画の中で良く融合していることにあると思います。前半は、あれ、普通のラブストリー?って思うのですが、後半に進むにつれて、SFミステリーの匂いを醸し出してきます。そして、ミステリーのできが非常に良く、おそらくラスト30分まで何が何か分からいと思います。僕も、ラスト30分までは、ひたすら頭の中が混乱して、今が、現在なのか、過去なのか、未来なのか、さっぱりわからないのですから。しかし、謎解きがされて非常にすっきりし、“そういうことなんだ、すごいなぁ”と思えるはずです。そんな映画です。

 実に、一級品のSFミステリー&ラブストーリー(エターナル・サンシャインとか、バタフライエフェクトとかと系統は似ているかも)です。途中から、何がおこっているのか、観ている側も混乱し、ともすれば途中で観続けるのが嫌になってきてしまいところを、絶妙の映像&音楽センスでうまくフォローしてくれます。それによって、どっぷりと非現実空間に浸れます。

 映画冒頭のトム・クルーズが無人のニューヨークの街中を疾走するシーン(日曜日に撮影したらしのですが、ニューヨークも街を全面交通規制をしいたらしいです。さすが、ハリウッド、すげえ…)は、個人的にかなりのお気に入りですね。

 Sigur rosファンとしては、ラストに彼らのUntitled4という曲が流れたときは、もう感動はピークでした。

 この映画は、作品の核心を突いてしまうとネタばれしてしまうので、映像表現中心の批評になってしまいました。ですが、しっかりとしたメッセージのある作品です。それは、ご自身の目で確かめてください。

しかし、ペネロペ・クルス、かわいいな~。

2010年12月11日土曜日

イントゥ・ザ・ワイルド


製作国・年度:アメリカ・2007
上映時間:148分
監督:ショーン・ペン
出演:エミール・ハーシュ、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ウィリアム・ハート、ジェナ・マローン、キャサリン・キーナー、ヴィンス・ヴォーン、クリステン・スチュワート、ハル・ホルブルック

 第4回『イントゥ・ザ・ワイルド』。ひとまず、クリスマス特集は、お休みで。いや~、というのも、日ごろの自分の生活を徒然なるままに、考えてたところ、半年以上前に観たこの作品がふと頭を過ったのです。時間がたってもふと頭をよぎるということは、少なからず僕に影響を与えている作品と言えます。「生きる」とは、どういうことを意味するのかを教えてくれる数少ない作品の一つでしょう。(そういう意味では、黒澤の『生きる』に匹敵?)
 特に、あなたが少しでも現代社会に息苦しさを覚えたり、心のどこかで自分の仕事や生活に、偽善やごまかし、「何かが本当じゃない」という思いを感じたり、壊れかけのラジオに本当の幸せを尋ねていたら、ぜひ、この映画を観ることをお勧めします。
 
 そもそも、これは1990~92年、アメリカ各地とアラスカで実際に放浪と野宿生活を送った若者の実話を映画化したロードムービーです。ソロー、トルストイ、ジャック・ロンドン、バイロンなどを愛読した彼は大学卒業後、抑圧的な両親や人間社会の偽善、悪を嫌い、「究極の自由」や「真理」を求めて家を出ます。主人公は名前すら捨てて体ひとつで、アメリカ大陸を放浪し、最終的に彼はアラスカへと向かうのですが、旅先での人々の出会いがいちいちすばらしく、そして景色が圧倒的に美しい。聞けば撮影は、『モーターサイクル・ダイアリーズ』を手がけたエリック・ゴーティエとのこと。若者のあり余るほどのエネルギーを、きらきらと輝く雄大な景色に投影させる手腕はお見事。青春ロードムービーにエリック・ゴーティエあり、といった感です。

 主人公は、旅に出る際に、クレジットカードを捨て、ソーシャルセキュリティーカード(アメリカで真っ当な市民生活を送る上で基本となるIDカード)を捨て、貯金をすべて慈善団体に寄付して行きます。ここで痛感することは、日ごろ私たちが生きるよりどころとしているものが社会のシステムに過ぎず、あまりに簡単に断ち切れてしまうことです。

そして、その対極として描かれるものは、自然でしょう。その雄大さは思わず息を飲みます。「金も名誉も平等もいらない。僕が求めているのは真理だ」そう言い残し、すべてを捨てて荒野へ旅立った青年も自然の前ではちっぽけの一匹の動物に過ぎず、弱肉強食、自然の摂理をみをもって体験させられます。彼が体験した生まれて初めて悲しかった出来事は、あれ程に無駄な物の洪水に嫌気がさして大自然へと身を投じたのに、彼自身が無駄を生み出したことでした。(観ていただければ、分かります。)彼にとって最大の皮肉と言えます。

過去にもあった、名作ロードムービーの多くは、主人公の右肩上がりの成長を描いていますが、本作は一見、右肩上がり、しかし、実は目に見えない右肩下がりの透明な部分が描かれていたことに、最後に気付かされます。

クリスが強靭な心で、1人生き抜いていく姿は、実は、社会に適応できなくなっていた弱い姿だった。それゆえ、ラストはあまりの悲しさに涙が止まりません。
最後に彼が口にした言葉とは・・・。 最後に何を思い彼は逝ったのか・・・。
彼が最後に気付いた人間にとって一番大切なものとは・・・。

人間ドラマでありながら、少しずつ解明されるミステリーのごとく、見る側を引き込んでいくその手法は、ショーン・ペンならではの、見事なテクニック。ショーン・ペンが破滅へ向かう孤独な若者を描くニューシネマの後継者と言われる所以がここにあります。

自然、本、音楽、知り合う人々、日記、主人公とその回りに張り巡らされた綿密な映像とヒントを絡め、“親子” というテーマに迫った、実に見事な作品だったと思います。

学生の僕が言うのもなんですが、絶対に若いうちに観ておくべき作品です。

2010年12月9日木曜日

クリスマス特集 第1回 『素晴らしき哉、人生!』


アメリカ 1946年
監督・脚本:フランク・キャプラ 『或る夜の出来事』
脚本:アルバート・ハケット 
脚本:フランセス・グッドリッチ 
キャスト:ジェームズ・スチュワート、ドナ・リード、ライオネル・バリモア、ヘンリー・トラヴァース、トーマス・ミッチェル、ボーラ・ボンディ、フランク・フェイレン、ウォード・ボンド、グロリア・グレアム

 今日は、一人で六本木ヒルズのTOHOシネマズに行って、午前十時の映画祭で『追憶』を観てきたんですけど、映画の内容はさておき、街の雰囲気は、すっかりクリスマスムードでしたね。恋人がいない僕にとっては、一層寒さが身にしみる季節がやってきたわけですが・・・。僕のようなさみしい奴も、ラブラブなきみも、映画を観て、人生、素晴らしさ哉!ってなっちゃいましょう。ってなわけで、今回は、クリスマス特集第1回『素晴らしき哉、人生!』で行きます。
 
 『素晴らしき哉、人生!』、この映画は、1946年製作、アカデミー賞では、作品賞をはじめ5部門にノミネートされましたが、同年の名作「我等の生涯の最良の年(作品賞授賞)」「ヘンリー五世」などの台頭によって、無冠に終わった作品です。

 しかし現在では、この作品の持つ素晴らしさ、親しみやすさが再認識され、アメリカ映画協会が選ぶ「元気が出るアメリカ映画ベスト100」では1位に、同協会の「アメリカ映画ベスト100」では11位にランクイン、そしてアメリカでは、毎年クリスマスのゴールデン・タイムに放映されているそうです。

 この映画は、人生哲学を奏でた、とても心温まる名作です。温もり、悲しみ、苦しみ、喜び、そんな心情が、包み隠さず、ダイレクトに心に響き渡る人間讃歌です。

 
 冒頭に語られる子供時代のシークエンス、これらすべてがクライマックスへの伏線となっていることは後から驚かされます。一つの物語として全く無駄が無く、すべてのシーンに意味がある。またフランク・キャプラの映画作りへの細部のこだわりが、ちりばめられています。

・悪徳富豪ポッターの部屋にある椅子の高さ(自分の権威を示すため相手の席を低くしてある)。
・いつも掴むとはずれてしまう階段の把っ手(ボロ屋敷で壊れてますが愛着があります)。
・ジョージの娘が持っていた花から落ちた花びら(現実の世界に戻ったことのヒントとなります)。
・トム・ソーヤの本(登場する守護天使のお気に入りで最後に、、、)。などなど。

 話は蛇行しますが、現代ハリウッド映画は、3Dや特殊効果のすさまじい発展の裏腹に、物語の持つ力というものが衰退して来ている、なんて言われたりしています。その物語としての力は、本作において、とても力強くみなぎっています。映画評論家、蓮見重彦氏は次のように言っています。「しばしば肝心な点が見落とされがちである。それは、映画が、一世紀という時間をかけて、ゆっくりと完成に近づいたのではないという事実に他ならない。1895年に誕生した瞬間から、映画はすでに充分すぎるほど映画だったからである。」 その言葉は、まさに本作に当てはまるでしょう。

 そしてこの映画の主幹となる、度重なる逆境と、そこにある、小さな幸せ。しかしその幸せは、ささやかであっても大きな愛に溢れていることに気付かされます。苦しい時でも身を削っての人助けをし、しかしそれは、いつか必ず自分に戻ってくる。

改めて、いかに多くの人が自分の生を支えられてくれているのか考えさせられました。

生きていることへ感謝を、たくさん感じさせてくれる逸品です。 




やっぱ、映画はハッピーエンドでなきゃね。

2010年12月7日火曜日

東京物語


 【監督】小津安二郎
 【出演】笠 智衆、東山千栄子、原 節子、 杉村春子、山村 聡 他


 第二回、『東京物語』です。なぜか最近、僕の周りで『東京物語』を耳にすることが多いので、このたび投稿しようかと思います。言わずと知れた小津安二郎監督の日本を代表する傑作です。しかし、悲しいことに、映画離れが叫ばれる中、本作を見たことが無い方は案外多いのではないでしょうか。 『東京物語』は、小津の最高傑作と位置付ける意見も多く、世界的にも有名で、日本映画の最高峰と評されることもあります。独立した子供たちの元を訪れる祖父母と、それを快く思わない子供達を通して、家族の絆、老いと死、人の生き方、それらを見事に描いた作品です。

 周りに欲を出しても、みな変わっていく。
人生はあっという間で、儚くもあり、辛くもある。
しかし、考えてみるとどこかに幸せがある、小さくても必ずある。
その幸せを尊重し、大切にしたい、そんな心が小津作品の最も深い所に根付くものだと思います。その精神は、本作の底流にもしっかり流れています。

 小津監督がもっともこだわり、描き続けたものは、“家族”というテーマでした。そこには、過剰な演出や娯楽性はなく、徹底して、“崩壊” “儚さ” “あはれ”が描かれます。しかし、その裏には、小津監督のそうあるべきではないという時代を超越した願いがあったのだと思います。家族のあり方を描き、さらにそれぞれの裏腹な心情や、それによる家族の儚さを描いたのも、家族というものを心から愛していたからでしょう。 

 本作は、そんな小津精神の集大成ともいえる作品です。


 小津監督にとって東京は、その儚さの象徴であったのでしょう。現代の核家族化や一人暮らし高齢者問題・・・その儚さは、今まさに社会問題にまで発展しています。本作は、現代を生きる日本人への静かな警鐘なのでしょうね。

 改めて、小津安二郎監督に謹んで敬意を払いたいと思います。





 上京して、一年半、たまには、田舎の両親に僕から電話してみようかな・・・。

2010年12月6日月曜日

ガタカ

 
1998年・米 上映時間 112分
監督:アンドリュー・M・ニコル
製作:ダニー・デビート、マイケル・シャンバーグ、ステイシー・シェール
音楽:マイケル・ナイマン 撮影:スラヴォミル・イジャック
衣裳デザイン:コリーン・アトウッド
出演:イーサン・ホーク、ユマ・サーマン、アラン・アーキン、ジュード・ロウ
   ローレン・ディーン、ゴア・ヴィダル、アーネスト・ボーグナイン
   ブレアー・アンダーウッド、サンダー・バークリー、トニー・シャローブ
 
 
記念すべき第一回の作品は、『ガタカ』です。自分がこの作品をはじめて出会ったのは、なぜか高校の時の現代社会の教科書からでした。しかし、初めて鑑賞したのは、大学に入って映画浸りの生活が始まってからなのだが、正直言って、「こんな素晴らしいSF映画が存在したなんて・・・」という衝撃でした。

 まあ、僕のこの作品との出会いは置いといて、あらすじですが、以下になります。

 「そう遠くない未来」と最初にクレジットされる。生まれた瞬間に細胞診断がされ、遺伝子の分析で、寿命や能力が分かってしまう時代。子供はデザイン・チャイルドがむしろ「正常」とされ、操作されずに誕生した男子ヴィンセントの運命は30歳で心臓疾患で死亡というきびしいものだった。しかし、男の子は宇宙旅行の夢を持つ。もっとも選ばれた者が宇宙飛行士になれるのだ。男の子にはデザイン・チャイルドの弟があった。いつも弟に負ける毎日だったが、遠泳競争で勝った日をきっかけに、兄(イーサン・ホーク)は「不適正」者として自信を持って生活し始め、やがて事故で車椅子生活を余儀なくされた遺伝的に優秀な青年ジェローム(ジュード・ロウ)の協力を得て、身分を詐称し、宇宙飛行訓練施設「ガタカ」へ潜入する。
 彼は抜け毛やムダ毛を完全に処理し、尿や血液もジェロームのものを利用して、検査を通過する毎日で、とうとう土星の衛星タイタンへの飛行士として選出される。ところが、その矢先に所内で殺人事件が発生、徹底的な捜査により、彼のマツ毛が採取され、不信な潜入者ヴィンセントは殺人の容疑者として指名手配されてしまう。
 刻々と迫るロケットの発射日、徹底的な捜査は徐々に彼を追い詰めていく。不審な様子に気づいた女子職員アイリーン(ユマ・サーマン)との恋愛もからんで、映画は静かにサスペンスを盛り上げていく。   とまあこんな感じです。
 
 映画『ブレードランナー』(監督リドリー・スコット)は、酸性雨の降りしきるじめじめした暗い都市と、入り乱れた人種が息苦しく蠢く空間を、来たるべき近未来世界としてわれわれの前に提示し、 科学の発達と人間の幸福は比例するのかを描いたに対し、本作監督アンドリュー・ニコルもまた、近未来を語る映画作家であり、そこでは科学の進歩とそれに伴って浮き彫りになる世界の不条理性を徹底的に描き出しています。

 自然出産で生まれ、自分の遺伝子という壁を越え、宇宙への旅を目指す「不適正者」のヴィンセント、超人的な体力、知力を生まれつき備え持つが車椅子生活を余儀なくされた「適正者」のジェローム。挫折しか経験のない人間と挫折を知らない人間二人の行きつく先は・・・

 持って生まれたその人の特徴や、「運命」は変えられるものではないのかもしれません。もちろん、いくら努力しても自分だけではどうにもならない事、どうしようもない事はたくさんあります。ですがそれも含め、欠点を探すよりも何が自分に出来るのか、何をしたいのか、どう生きて行きたいのかを考えるのに熱心になる事により、与えられた世界の中で「よりよく生きる」という選択は充分に出来るものではないかと思います。
 欠点であれなんであれ、与えられたものをフルに使って自分の夢を追うヴィンセントの姿は、夢の無かったジェロームだけでなく、僕にも夢を与えてくれました。
 
 また本作は、その映像美とマイケル・ナイマンの音楽も筆舌に尽くしがたい素晴らしさです。
 冬の寒い夜に鑑賞する。そんな映画です。