2011年6月11日土曜日

《ぼくらのゼロ年代。》 エレファント

2003・アメリカ
監督:ガス・ヴァン・サント
製作総指揮:ダイアン・キートン、ビル・ロビンソン
製作:ダニー・ウルフ
脚本:ガス・ヴァン・サント
出演:ジョン・ロビンソン、アレックス・フロスト、エリック・デューレン、イライアス・マッコネル、ジョーダン・テイラー、ティモシー・ボトムズ・・・

ガス・ヴァン・サント監督の『エレファント』は、1999年4月20日にコロンバイン高校で起きた銃乱射事件を描いた、カンヌ映画祭のパルムドールと監督賞を受賞した異色作です。

 ガス・ヴァン・サントという監督の特徴を一言で表すなら、「空気」を撮る監督、言えるのではないか。
 本作ではいわゆる「物語」は破棄されており、通常の映画なら飾れるであろう装飾物の一切を削ぎ落としています。その代り、映画は、端正な色彩と構図、最小限の音響、意味のない会話、登場人物をまとう独特の空虚感・・・など厳選された要素の積み重ねによって構成され、その中からガス・ヴァン・サントが紡ぎだすのは「空気」そのもの。つまり、あまりに透明であるがゆえに、かえって不穏さを感じさせる「空気感」なのです。

 中心となる数人の登場人物は、平凡な日常を生きている匿名的な高校生たちです。彼や彼女らの歩く姿を、カメラは背後から見守るかのようにロングショットで追い、校庭、廊下、教室、食堂、図書館、写真室などを移動しつづける。高校生活を送った人ならだれにでも、当時あった日常。それが実にリアル。その中を立ち込めるのは、誰もが経験したあの穏やかで透明すぎる空気。観るものはスッと映画の中に入む。
 しかし、一瞬カメラはふいにスローモーションに切り替わり、そしてその中に「不穏さ」をとらえる。それまで流れていた日常の時間を変質させ、その場に忍び寄る「不穏な空気」を明白にします。

 映画は一見、穏やかに進行しながら、徐々にその緊張感を高めてゆき、クライマックスへの悲劇へと不気味なくらい自然に流れ込む・・・。



 興味深いと感じたのは、映画の中で登場する高校生がまるで社会の縮図のように、一人一人異なる問題に対面していること。例えば、トイレに行くにもダイエットのために食べたランチを吐き出すのにもグループでいかなければ仲間はずれにされてしまう女子生徒の友情に対する価値観。アルコホリックな父親の存在に苛立ち、さらに校長に呼び出されて叱責され、さらに苛立ちをつのらせるジョン。写真という熱中できるものを持ち、ひたすらシャッターを押すことに没頭するイーライ、容姿もスタイルも冴えず、何をするにも愚鈍で他の生徒からは嘲笑の的になっているミシェル。アメフトの花形プレーヤーで、恋人とはラブラブ、そして学校の女子生徒からの憧れの的であるエリック。そしてバイオレントなテレビゲームに夢中になり、学校や他の生徒を恨んで仕返しを企むアレックス。登場するこれらの主要な高校生たちは、知り合いであったり、廊下ですれ違うだけで顔を何回か見たことのあるくらいの関係であったり、様々で、人物はそれぞれ均一に淡々と描写されます。
 しかし一律に言えるのは、それぞれがそれぞれに内なる闇を抱えている若者たち。人物をそれぞれ均一に淡々と描写することでそこはかとなくそれを伝えます。
 これらの描写も僕は実にリアルに感じた。というのは、数年前まで自分の日常にあったものがそのまま描かれている感じがしたからだ。

 つまり、誰がヒーローでアンチヒーローなのかという構図は完全に崩壊させています。カメラは事件を起こす2人も、射殺される高校生も、全て均等に映し出し、「誰が悪いか」を決めようとはしません。むしろ銃を乱射した2人こそ、社会の生み出したものや価値観の犠牲になった哀れな、報われるべき子供たちであることを痛感させられます。放任主義で、親子間の会話はあまりない彼らは、親の与えたカードで何でも手に入ってしまう。彼らががライフルをインターネットで買っていることを両親はよもや知るよしもない。



 ガス作品の共通のテーマは前述した「空気」と、「若者」です。彼は、ある時代のある場所のある時間に流れていた空気を若者に託して再現しようと試みたのです。それは、『マイ・プラーベート・アイダホ』、『ジェリー』、『ラスト・デイズ』、『パラノイドパーク』・・・などにも顕著です。しかし、もっともその空気感が強力なのは『エレファント』かと。

 世紀末の白茶けた日常を、何の希望も展望もないまま、あてどなくさまようしかなかった若者たちの背中の表情に、穏やかな抑圧と、秘められた狂気を見出し、そこに浮かび上がるであろう疑問を、疑問のままに観客と共有することで、不条理な運命にもてあそばれた世紀末からゼロ年代を浮彫りするのでしょう。




PS
 ガス・ヴァン・サント監督の最新作『レストレス/Restless』には、われらが加瀬亮くんが出演しています。日本では12月に『永遠の僕たち』というしょうもない邦題で公開されるそうです。ともあれ、3年ぶり新作ということもあり非常に楽しみですね。



12月公開予定 『永遠の僕たち』

 

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