2011年1月12日水曜日

ジョゼと虎と魚たち


2003・日本 
監督:犬童一心
製作:久保田修、小川真司
脚本:渡辺あや
出演:妻夫木聡、池脇千鶴、上野樹里、新井浩文、新屋英子
音楽:くるり

 言わずと知れた邦画ラブストーリーの名作。僕はこの映画は、日本映画のラブストーリーというジャンルにおける一つの到達点におくべき作品だと思います。大学1年のときに観たのですが、泣きましたね~。ふとしたキッカケで恋に落ちたごく普通の大学生と不思議な雰囲気を持つ脚の不自由な少女、そんな2人の恋の行方を大阪を舞台にキメ細やかな心理描写と美しい映像で綴っています。

 あらすじは
 大学生の恒夫は、ある朝、近所で噂になっている老婆が押す乳母車と遭遇する。そして、彼が乳母車の中を覗くと、そこには包丁を持った少女がいた。脚が不自由でまったく歩けない彼女は、老婆に乳母車を押してもらい好きな散歩をしていたのだ。これがきっかけで彼女と交流を始めた恒夫は、彼女の不思議な魅力に次第に惹かれていくのだが…。

 原作はごく短くて、登場人物も主人公とジョゼと婆さんの3人しかいないのですが、渡辺あやの脚本は周辺人物を多彩に散りばめて作品に厚みをもたらしています。見事な脚色です。いわゆるボーイ・ミーツ・ガールものなのですが、異色なのはヒロインが歩けない身体障害者であるという事でしょう。このジョゼ、障害者だからと言っていじけているわけでなく、ズケズケ物は言うし、料理はうまいし、学校へ行かない代わりに、ゴミ捨て場で拾ったいろんな本を読みあさって、ヘタな学生よりも知識を得ているというのが面白い。因みに、ジョゼとは、愛読するフランソワーズ・サガンの小説の登場人物の名から借りたものです。また、料理を作り終えると椅子から勢い良くドスンと飛び降りるというのもジョゼの性格をうまく表現しています。脚本からか演出からなのか分かりませんが、細かいところまでつくり上げられています。 

 一方、妻夫木聡演じる恒夫は、は「女であればとりあえず抱いておきたい」的思考回路で脳ミソが構成される典型的男子学生。タバコのキャンペーンガールをやっている元カノをみると声をかけずにはいられないし、その元カノがジョゼを引っ叩いたと言われてもその子を怒れないし、むしろコスチュームが似合うことを褒めてしまうし、でもこんな男はモテるのです。(ちくしょ~)世の中はこういうしょうもない、相手のかゆいところに手を「思わず伸ばして」しまう、いわゆるかっこいい優男にだめんず女が入れ替わり立ち代りだまされるという構図で男女関係の基本が成り立っているのです。

 おっと、つい熱くなってしまいました。まぁ、それはおいといて。そんな恒夫も最初は同情心からですがジョゼの家に通うようになっていきます。そして、やがてジョゼの真っ直ぐで強い生き方に興味を持って行く。ジョゼの婆さんが亡くなった時、互いに惹かれる二人は肌を合わせる。

 でもジョゼにとって幸せな日々が続くが、恒夫は昔の彼女とヨリを戻し、やがて別れの日がやって来ます。(映画上で、別れは予測されたこと。これは、見ることのできた動物園の虎と、見ることのできなかった水族館の魚によるメタファーとして提示されます。)
恒夫は、一言言います。
「ぼくが逃げた。」
このくだりで僕はこの作品に惚れてしまいました。男(特に若い頃)は「肝がすわらない」性を痛いほどよくつかんでいる。何か興味の対象があると覚悟なくそこに首を突っ込み、成り行きで楽しみ、「責任」という言葉がはっきりと見えてくると、徐々に後ずさりをする、男の性を。

 しかし、犬童監督は、恒夫を決して批判的には描かない。なぜなら、それが人間というものの弱さであり、悲しさなのです。恒夫の行動の価値判断は、あくまで観客にゆだねられます。それに対し、その事をまた運命として受け止め、あっさり恒夫を許すジョゼの潔さ。「身体障害者のくせに彼氏とるな。」とキッパリとジョゼに言いはなつ香苗(上野樹里)もある意味、覚悟がある。


 また、本作の音楽を担当しているのは、くるり。とても自然に映像とマッチしている。コアなくるりファンの僕が認めるのですから!!


 人間というものの不思議さ、弱さ、強さをそれぞれを瑞々しく、限りなく優しい眼差しで描いた脚本、演出、演技が自然に溶け合った、爽やかな恋愛映画であり人間ドラマの秀作でしょう。

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