2014年1月1日水曜日

2013年映画ベスト10、選びました。

2013年も映画観ました。今年は2012年のように『アベンジャーズ』やら『ダークナイト・ライジング』のお祭り映画こそ少なかったものの、尖ってて素敵な映画が沢山公開された気がします(ここ最近では一番くらいじゃないかな)。そんな年なので10本選ぶのはやっぱり難しい。でもやりますよ、楽しいから。



第1位 『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』  

1本に3ジャンルの映画が凝縮した怪作!



 
迷いましたが、この映画です!

監督は『ブルーバレンタイン』のデレク・シアンフランス 。
前作では、主人公が朝、目覚める瞬間を撮るために、本当に俳優を眠らせて、スタッフはその周りで彼が起きるまで待機したという気合いの入りまくった人です。

【あらすじ】
天才ライダーのルーク(ライアン・ゴズリング)は移動遊園地でバイクショーを行う刹那的な日々を送っていたある日、元恋人ロミーナ(エヴァ・メンデス)と再会。彼女がルークとの子どもを内緒で生んでいたことを知ると、二人の生活のためにバイクテクニックを生かして銀行強盗をするようになる。ある日銀行を襲撃したルークは逃走する際、昇進を目指す野心的な新米警官エイヴリー(ブラッドリー・クーパー)に追い込まれるが・・・。 

とにかく見応えが凄い。 映画が三部構成で話が進むのですが

《アメリカンニューシネマ的犯罪モノ》
我らがライアン・ゴズリング扮するアウトローの悪かっこよさったら。
  ↓
《警官汚職モノ》
レイ・リオッタ登場!もう何も言いません。悪いことします。
  ↓
《青春映画》
15年後、父の因果を息子が受け継ぎ・・・

とジャンルごとスライド。

通常視点がぶれて散漫になるところを、
緻密な脚本で伏線を張り合い、
編集で引き込み、
3ジャンルが互いに共鳴する1つの大河ドラマとして紡いでいく。

こんな映画初めて観ました。

血に抗い、飲み込まれ、また乗り越えようとする父子たち。
それぞれの運命に並走する2時間44分。2013年度1位はこの映画しか考えられません。

 





第2位 『ウォールフラワー』  

青春映画が好きなんです。





「わかりやすい格差を描いたアメリカの青春映画の99%がウソだ」。
自伝的な小説を自ら監督したスティーブン・チョボスキーはいう。 

『ウォールフラワー』には、経済的な格差や外見上の美醜の差など、これまでのアメリカ映画の定番であるスクールカーストのイジメの構造は出てきません。

むしろ恐ろしいのは、自分から何も発信しない主人公チャーリーを透明人間のごとく扱う周囲の「無関心」です。 2012年の『桐島、部活やめるってよ』でもそうでしたが、スクールカーストの本当に正体はこの「無関心」なのかもしれません。

主人公に似ているとは言えないけど、僕も気持ち悪くて不気味な奴だったと思います。

「壁の花」である主人公が学校でどう居場所を作っていくのか、文化系少年の内面をえぐった通過儀礼の物語は涙なしでは見られません!

 『あの頃、ペニー・レインと』で泣き、『桐島、部活やめるってよ』で救われた人は必見です。言葉では表現できないくらい大好きな映画。

青春映画が好きで何が悪い。

 





第3位 『ゼロ・グラビティ』    

映画史の最先端に位置する名画




どっかの映画評論家が行っていました、映画の定義があるとしたら、それは「追体験」らしいです。

 主人公の体験を観客が映像を通して疑似体験するエンターテイメントメディア。 

確かに、映画史とは、如何に疑似体験精度を上げられるか、名だたる映画制作者たちの努力の歴史でした。

リュミエール兄弟が写真を動かし、
ジョルジュ・メリエスが映画に「物語」を持ち込み、
アラン・クロスランドが俳優に「声」を出させ、
ヒッチコックがワンカットで映画を撮り、
スピルバーグがCGで恐竜を蘇らせ、
ジェームズ・キャメロンが3Dで空間を創った

『ゼロ・グラビティ』という企画自体が、先人たちが築いた功績と現在の映像技術を駆使して 「宇宙を観客に追体験させること」に限りなく近づいた映画史への挑戦そのものであり、それに成功した事例と言えるでしょう。

今まで観たどんな映画体験にも分類できないのは、映画史の最先端に立った一本だからだと思います。






第4位 『キャビン』  

これはB級映画じゃない!B級映画批評的A級映画だ!  




夏休み、森の小屋(キャビン)にやってきた大学生男女5人。人里離れたこの小屋はどこか不気味だ。へんぴな山小屋にイケてる男女が集まってムフフな休日を過ごしていると、彼らを待っていたのは身の毛もよだつ運命だった!?

5万回は繰り返されたこのパターンですが・・・。 

ホラー映画を新しいステージに押し上げた知恵と勇気に拍手です。 

ネタバレ厳禁な作品なのでこれくらいに。





第5位 『クロニクル』




「男の子」なら誰しも妄想したことを、主観映像方式で映画化。

 制作者自らがスーパーヒーロー映画への解毒剤のつもりで作ったと語る本作。  この映画は『キャプテン・アメリカ』よりも『キャリー』に近いのかもしれないです。

普遍的でありながら、超能力を自撮りに使うあたり、 ソーシャル時代の思春期心理の描写としてもなるほどなって感じでした。

ちなみに主演のデイン・デハーンは、『アメイジング・スパイダーマン2』のハリー・オズボーン役に決まったそうです。

普通に、超おもしろい!未見の男子、TSUTAYAへ!

 





第6位 『凶悪』




 この作品自体が凶悪なほどの面白さ。 

イーストウッド、コーエン兄弟、ポール・トーマス・アンダーソンの感性を日本映画で味わえるなんて。 

本作は殺人を犯した「凶悪犯」だけを描いているのではなく、 正義の裏に巣くう、もうひとつの「凶悪」と、 それらを囲む善人たちの「凶悪」までも踏み込んでいます。

詳しくは10月27日の投稿を。

やばいです。


 






第7位 『そして父になる』




監督・脚本・編集、是枝裕和。 

演じているとは思えない子供たちの実在感、
セリフではなく映像で引き込む演出、
緻密の計算され尽くされ脚本、
是枝作品という看板を裏切らない極上の逸品。

河原の会話シーンなど、グッと引き込む画づくり。
深津絵里、リリーフランキーの大和ハウスのCMを手掛けた 瀧本幹也氏の撮影も素晴らしい。 

映画マニアも、そうじゃない人も、クロスオーバーして 映画の話ができたり、一緒に観に行けたり、 そういった意味でもなかなかない 素敵な映画だと思います。








第8位 『横道世之介』 


懐かしさを演出の材料につかった映画とは一線を画した、
「懐かしさの正体」に迫る途方もなく知的な傑作。

この前、桑田佳祐がテレビのドキュメンタリーで言っていました。
「大学、ぼくの人生は18歳がスタートラインだった。」と。

登場人物たちの「18歳」という、ある種本当の人生のスタートラインを僕たちは見届ける。
出てくる登場人物達の「スタートライン」と「その後の人生」。
交互に繰り返される内、大人になって全員がいつのまにか疎遠になっていると気づく。疎遠になった理由は全く説明されないが、その理由はよく分かる気がする。
自分の生活はどんどん変わり、やがて大事な人が増えて、家庭が出来て、時間を作る事を忘れ・・・人間関係も、生活とともに形を変えてゆく。

でも、心の隅のどこかに生き続けて、ふとしたときに思い出す「横道世之介」。
みなさんにも、いますよね、そんなやつ。

映画が終わったら、きっと、登場人物のように世之介に会いたくなってる。

あ、そんなこと言ってたら・・・。









第9位 『シュガーマン 奇跡に愛された男』 




アメリカでは全くの無名。一方、南アフリカでは曲がヒットし国民的アイドルとなった、という極端な落差をもつ孤高のミュージシャン「ロドリゲス」を追ったドキュメンタリー映画。 

いろんな関係者のインタビューで成り立っているのですが ロドリゲスが肉体労働していた工事現場で働く同僚のコメントがとても印象的でした。 

「世に出てる大半は凡人だ。
彼は真の詩人やアーティストの様に 不思議な才能が備わっていた。
 あいつの仕事に対する姿勢は妥協がなくて解体した後の家の だれも掃除しないようなところを一人でもくもくと掃除していた。
世の中を変えられるのは本物のアーティストだけだ・・・。
おれはあいつのことを語れるのがただただうれしいんだ」 

職業人として学ぶことに溢れた映画でした。

そう、ロドリゲス、肉体労働のアルバイトがあるからという理由でアカデミー賞授賞式を欠席したという。









 第10位 『ペーパーボーイ 真夏の引力』 



映画感の空調壊れてません?鑑賞中そんなことばかり考えてました。 

空調故障の錯覚を起こすほど、画面が生暖かく不快な空気で満ちたサスペンス映画であり、屈折した青春映画。 身体を張った名優の演技が醸し出す、そんな湿気と臭気に充てられて終始、息苦しいというか、あまり気分がよろしくない。 

マシュー・マコノヒーはドMのゲイ、
ジョン・キューザックは性犯罪者、
ニコール・キッドマンはビッチのおばさん、
ザック・エフロンはそのビッチのおばさんに恋する童貞。

ザック・エフロンファンの女子は鑑賞注意です。
変態映画だけど、忘れられない方が勝ち!

 




よーし、2014年、映画観るぞ。

2013年10月27日日曜日

凶悪



久しぶりの投稿は、『凶悪』。

ピエール瀧とリリー・フランキーの「怪」演、若松孝二の愛弟子白石和彌監督の「怪」演出が話題となっている今作。観てきました。実際の事件「上申書殺人事件」を下敷きにした本作。これが歴史に残る犯罪実録モノでしたので書かずにはいられませんでした。

1.祭りとしての「殺人現場」




 『凶悪』でまず話題となるのは、ピエール瀧演じる死刑囚ヤクザ、須藤でしょう。ピエール瀧さんはバラエティやドラマなどではのほほんとした役回りが多い中(『あまちゃん』での寿司屋の大将とか)、これまでとは異なる粗暴で凄みを見せています。昔からの電気グルーヴファンなら今更泥臭さに驚かないかもしれませんが、日の浅いサブカル好きは、ぜひ悪趣味ヤクザファッションに身を包み、凶悪の限りを尽くす姿を見てほしいです。
 そして「先生」役のリリー・フランキー。相変わらず素晴らしく生々しい。金銭欲から殺人に傾斜していく中で、人を殺すことに楽しげな興味を持ったりする。ナチュラルな好奇心によって殺人鬼を奇妙な人間味を醸し出したりする。リリーさんのやりすぎない演技で本当にそうゆう人にしか見えません。

 でも一番の凶悪なところは、この2人によって引き起こされる殺人現場が一種の「祭り」というエンターテイメントとして描かれるところと、観ている方もそう感じるつくりです。

 そもそも、『凶悪』で描かれる悪は、実に薄っぺらく、卑近な現実です。映画には多くの殺人鬼が登場します。『ダークナイト』のジョーカーのような悪のカリスマや、ヒッチコック『サイコ』のマザコン女装殺人者、『セブン』のジョン・ドウのような世直し的な殺人鬼などなど。しかし、現実の殺人自体はもっと物理的で、味も素っ気もフェティシズムも特別な思想のかけらもない、実に即物的な行為。人が人を殺すには、それなりの理由と意味があるはずだ考えてしまいますが、『凶悪』にそんな心地のいいロマンティシズムは存在しません。

 そんなわけで、この2人が引き起こす殺人は、まるでサラリーマンで言うところの1つのプレゼンをこなすようなもの。お金儲けのひとつの手段です。それ故、殺人現場は一種のお祭りとして感じるように描写されています。
 瀧さん演じる須藤の口癖は、「ぶっ込む!」。須藤にとってのすべての動詞(「殺す」含めて)が「ぶっ込む」で統一されています(苦笑)

今年の流行語は、「じぇじぇ」でも「倍返し」でもなく、「ぶっ込む」です。


2.北関東の荒野



 『凶悪』を映画として魅力的に引き立てている要素、それが舞台となる北関東の荒野です。

 2人目の犠牲者となる老人(生き埋めされたうえ、身代わりをたてられて勝手に土地を売られてしまう)のものだった土地は、高圧鉄塔の下にただ駐車場としてひろがっています。山田孝之演じる主人公である記者は、そこに呆然と立ち尽くします。何もない場所。億の金をめぐって人が殺された。それならば、何かの痕跡があってもいいだろう。憎悪や怨念の残骸が。しかしそこには何ひとつ存在しない。からっぽで何の感情のひっかかりの残っていない。

 またそこには欲望以外何も持たないからっぽな人間だけが生きています。リリー・フランキー演じる先生も、ピエール滝演じる須藤も、須藤の情婦である静江も、須藤の転落のきっかけとなるケンちゃんも、被害者の家族も。主人公の藤井だって、知りつつも認知症の母を妻に押し付け家庭を破滅に追い込むからっぽな生き物とも言えます。

 残っていない場所でからっぽな人間がただただ生きている。

 ただ、それだけ。

 それだけで、いやそれだからこそ、なんとも豊かな映画であるか。夢も希望もないまま、欲望だけで動く人間。その姿を恥ずかしげもなく赤裸々に切り取ったからこそ、『凶悪』は傑作なのだと思うのです。そして、こうゆうのを観に映画館に行っているのです。


3.最後に

 『桐島~』『先生を流産させる会』『あの娘が海辺で踊ってる』『横道世之介』・・・。 いやーしかし、2012年から邦画、ゲキアツです。

 リリーさん出演『そして父になる』と一緒に見て感情のコントロールをおかしくさせるのがこの秋にすべきことですね。

 大学時代に部活で撮ったの映画に主演していただいた外波山文明さんの建築業者も凄くいい味出されてました。

 あー映画つくりたいネ!!!


2013年5月3日金曜日

シュガーマン 奇跡に愛された男



5/1@渋谷シネパレス

 会社員になっても映画観ます!ブログ、バリバリ更新します!

 で、本年度アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門賞を受賞した作品。

 『シュガーマン』という人のドキュメンタリーかと思ったら、それは歌のタイトルで、70年代にリリースされたその歌を歌ったロドリゲスという人のドキュメンタリーでした。ドキュメンタリーってことでちょっと遠ざけちゃうけど、『シュガーマン」はそこら辺のフィクションよりも数倍ドラマチックで数十倍泣ける。

アメリカのシンガーソングライター、ロドリゲス。彼はアメリカでは全くの無名。一方、南アフリカでは曲がヒットし国民的アイドルとなった、という極端な落差をもつ不思議なミュージシャン。そしてこの落差が物語の動力源でもある。

そもそも基本的なドキュメンタリーの語り口は、とある人物にスポットをあて、直接的な肉薄した映像をゴロっと提出し、それが醍醐味だったりする。しかし、この『シュガーマン』では当該スポットを当てる人、ロドリゲスさんが消息不明。つまり、前半、70年代を彼と共に過ごした関係者が今は行方不明の人物について語るという形で映画は進む。

さらに彼らはもう老人だ。実現されなかった夢を夢見る人の悲しみと憂いと郷愁に満ちている。しかしどこか若々しくも見える。瞳は少年のようにさえ見える。実現されなかった夢を、自分の中に生きるロドリゲスだけが実現してくれる、そんな年月がねじれさせた希望が、彼らの言葉と表情をつくっているのかもしれない。

もちろん、これはロドリゲスのドキュメンタリーなので、映画はそれだけでは終わらない。後半はロドリゲスという夢に生きる人々と打って変わって、ロドリゲスという現実が登場する。その対比がパズルを埋めるように更に物語をつくって行く。

この『シュガーマン 奇跡に愛された男』は、究極的に表現する人のあるべき姿って何だろう?という問題への丁寧な考察でもある。

 歌はそれを聞いた人たちの中で生き続けるのだ、そんなことを言いたくなる映画。泣けた。



2013年1月1日火曜日

2012年ベスト10、選びました。

明けましておめでとうございます。いきなりですが2012ベスト10やります。記事書いてたら年明けちゃったんです。新年早々2012年の映画を振り返ってみましょ。

2012年映画界は祭りな1年だったと思います。目立つところで言うと、『ダークナイト』シリーズ完結、『アベンジャーズ』超絶大ヒット、『プロメテウス』正統エイリアンシリーズ復活、『スカイフォール』007の復権…などなど。こりゃ、祭り。

しかし、そんな祭りすらかすんで見えるほど存在感を示しちゃったのは、あいつ。桐島です。もう2012年は「桐島の年」と言っていいかと。青春映画において、「桐島前と桐島後」という基準すら作ったと思います。そんな中、俯瞰して2012年を見たとき、邦画とインディーズ映画が1つ次の段階へ進化したことに気づくのです。おもしろき年なり、2012年。
 
ではでは、さっそく行きましょ。2012年、ベスト10!





第1位 『ベルフラワー』



1位!!!『ベルフラワー』!!!
究極のオナニーという映画の超根源的姿!!!

2012年のベストはこの映画以外考えられません!

『マッドマックス2』の世界を愛し、悪の首領ヒューマンガスに憧れる親友同士のウッドロー(エヴァン・グローデル)とエイデン(タイラー・ドーソン)。因みにこの2人はニート。日々プロパン爆破実験や火炎放射器の破壊力追求に明け暮れ、『マッドマックス2』のような滅亡後の世界(北斗の拳みたいな世界)が来ることを信じ、その世界を支配する未來を夢見てます。まさに、究極の厨二やん!そんなある晩、ウッドローはミリー(ジェシー・ワイズマン)という女と出会い、思いがけなくも激しい恋に落ちます。しかし彼女は彼を裏切ります。それを知ったウッドローは、怒りと絶望から正気を失い、火炎放射器を手に狂おしい妄想の世界へと突き進んでいくのです。

桐島の映画部オタクたちは高校生ってことでまだちょっとかわいげがありますが(僕もまだね…)、これは本気で北斗の拳みたいな世界が来ると信じるニートたち。もう悪質度が違います。

監督、脚本、製作、編集、そして主演を務めたのは、現在31歳のエヴァン・グローデル。自らの失恋体験をベースに脚本を執筆。収まらない怒りと悲しみのヴォルテージをこの映画に叩き込み、長編映画監督デビューを飾りました。有り金すべてはたいて(彼自身映画監督志望のニート同然の男だった)、制作プロダクションをつくり、映画に出てくるメカや改造車をつくり、果ては撮影カメラまでつくちゃったという。まさに恐るべきインディペンデント魂。4年間自主映画のそばにいた僕は涙がとまりません。そのおかげで、滲んだ色彩と深い陰影、ぼかしたピントなどの効果が、他の映画では見られないサイケデリックでシュルレアリスティックなヴィジュアルを実現しています。

何かを失っていないとものづくりはできない。その教訓を刻み込んでくれると同時に、希望をくれた作品です。『ベルフラワー』に出会わせてくれたシアターNに心より感謝します。

 




第2位 『桐島、部活やめるってよ』


はい来ました!2位桐島ー!!!桐島ー!!!
言わずもがなです。周りの友人、映画好きなヤツ・そんなに好きじゃないヤツ問わず強引に観させました。観た後誰かと話さないと頭おかしくなりそうになりますからね。

ラストの屋上ゾンビ大殺戮シーンは、僕の高校時代の亡霊の鎮魂になりました。







第3位 『きっと ここが帰る場所』



4位『きっと ここが帰る場所』。1度劇場で観て数日後、麻薬的に再度鑑賞したくなる映画にたまに出会う。初めはショーン・ペン好きだし一応観とくかーってノリで行ったのですが、気が付いたら3回劇場に足を運んでいました。

果たしてこの映画の何がそこまでさせたのでしょうか?

この映画はまず、ショーン・ペン扮する初老の元ミュージシャンの皺だらけの顔を見つめるところから始まる。過去の輝きを失った彼の現実を皆でじっと直視して、その皺とそこに刻まれた痛みと哀しみを皆で共有する。その決定的な何かを見ることの居心地の悪さと無力さを、そこにいる観客が全力で受け止める。全編にわたって描かれるのは結局それだ。多くは、痛みとか悲しみを描くとき、くさくなったり涙の押し売りっぽくなったりするけど、この映画は違う。ちゃんとそれに向き合ってこの映画にしか味わえない空気感にまで昇華している。それを味わうことががこの映画を観ることそのものかもなと思ったり。






第4位 『ミッドナイト・イン・パリ』


3位、『ミッドナイト・イン・パリ』!6月にこのブログにも投稿しましたが、やっぱ『ミッドナイト・イン・パリ』最高です。ついこの前も日比谷シャンテにて『恋のロンドン狂想曲』観て来ました。(実は『ミッドナイト・イン・パリ』の前作)おもろい!ウディ・アレン、御年77歳にてこの脂っこさ!2005年の『マッチポイント』以降、2度目の黄金期来てます!来てます!

僕もこんなエロ親父になりたいです。

 





第5位 『ドライヴ』


5位、『ドライヴ』。名前はない。家族はない。過去は語らない。感情は表に出さない。生業は車の修理工だが、昼はカースタントマン、夜は強盗犯の逃走請負ドライバーの顔を持つ。

主人公は『荒野の用心棒』、『ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー』を彷彿させる。速度がある上にダークでディープな味わい。どん引くほどバイオレントだけど酔いしれるほど上品な語り口。何なんじゃこの映画はあ!いままで観たどんな映画にも当てはまらない『ドライヴ』の衝撃は、童貞喪失並み。







第6位 『おおかみこどもの雨と雪』


6位、『おおかみこどもの雨と雪』。細田守監督のアニメーション。『サマーウォーズ』もかなり周囲でかなり話題になっていましたが、個人的にそこまで入れ込めませんでした。しかし、『おおかみこども』で家族に対するエモーションを格段に深化させていることに驚きます。とにかく泣きました。

 




第7位 『果てなき路』



7位、『果てなき路』!70年代アメリカン・ニューシネマの伝説的監督モンテ・ヘルマン、21年ぶりの新作~。長年ハリウッドから干されてて撮れなったらしいです。因みに、誰?って感じですが、クエンティン・タランティーノを見つけて世に売り出したのはこのおじさんです。

そんで今回、久々の新作の主人公となったのは、ハリウッドでの活躍を期待された若手映画監督。そう、『果てなき路』は映画づくりを描いた映画です。そして、「映画の映画」であり、「映画内映画内・・・映画」という多重構造を持っています。「映画的である」ことの皮肉とロマンチシズムが詰まったノワール映画。現実と映画の境目が溶けてなくなるような超不思議な感覚で包まれる。怪作であり快作であり傑作でした。

 




第8位 『アルゴ』



8位、ベン・アフレック先生『アルゴ』!あ、そういえば、去年のベスト10では前作『ザ・タウン』が3位でした。

今作『アルゴ』は偽SF映画(スター・ウォーズのパクリ映画)をでっち上げて、ロケハンの名目でイランに乗り込み人質を救出しちゃおう♪という何ともまぁ荒唐無稽な作戦モノ…。そこで、オープニングカットから役者の仕草までしつこいまでにリアリズムに徹している事によって、緊張に緊張が持続する仕掛けになってます。(これは映画オタクのベン・アフレックがオリバー・ズトーン監督『プラトーン』、『ウォール街』の演出法をお手本にしたらしい。)

何と言っても『アルゴ』の味わい深さは、昔ながらの映画の面白さがあるところ。ベン・アフレックは、ハリウッドの昔ながらのジャンル映画の面白さを現代風にアレンジ・脱構築するのが神的に上手です。処女作『ゴーン・ベイビー・ゴーン』→フィルム・ノワール物、『ザ・タウン』→銀行強盗物の現代風アレンジでしたし。昔ながらの映画の面白さ、これ超大事よ!







第9位 『ふがいない僕は空を見た』



9位、またまた邦画。『ふがいない僕は空を見た』。宣言通り、「性」と「生」に真正面からぶつかった生々しくも清々しい傑作でした。監督は『百万円と苦虫女』や『俺たちに明日はないッス』のタナダユキ。脚本は『マイバックページ』、『リンダリンダリンダ』を手掛けた向井康介。パズルのピースとピースが組み合わされるように、《セックス》を軸に映画内世界がどんどん拡大してゆく様はとにかく逸品。邦画好きも洋画好きもとりあえず観とくべし。

 





第10位 『隣る人』

10位、ドキュメンタリー映画『隣る人』。児童養護施設「光の子どもの家」の8年間を撮ったドキュメンタリーです。何ですか、これ、涙が止まらないんですけど…。

「光の子どもの家」に8年間にわたって密着し、ただ寄り添うだけのカメラが映し出す日常。「私の全存在を受け止めて」と不安の中で揺れ動く子ども、自らの信念とその重さと格闘し続ける保育士さん、離れて暮らす子どもと再び一緒に暮らせることを願い人生を修復しようとする親。だれもが正しく生きてるんです!

絶対的な誰か(隣る人)が側にいてくれることが、これほどまでに根源的な欲求なのか。とてつもなく温かい85分ですが、裏側に8年間密着し仕上げた刀川和也監督の映画づくりへのただならぬ気迫を感じました!宇多丸師匠の言うとおり、すっかり「一人で大きくなった気でいる」、すべての大人に観てほしいです。


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というわけで、以上が僕が選んだ2012年ベスト10になります。正直どれも大好きなのでその日の気分次第で9位~2位は変わると思います。特別賞としてはポレポレ東中野で鑑賞した山戸結希監督の学生映画『あの娘が海辺で踊っている』です。暴力的で荒削りなすごい作品でした。

やっぱり映画って最高です。映画館って最高です。映画ファンって最高です。

2013年、社会人になっても映画を観よう。

オーソン・ウェルズは24歳で『市民ケーン』を撮った。来年は23、僕も頑張ります。

そんな感じで、今年もよろしくお願いします。

2012年6月10日日曜日

ミッドナイト・イン・パリ


2011・スペイン・アメリカ
監督:ウディ・アレン
脚本:ウディ・アレン
製作総指揮:ハビエル・メンデス
撮影:ダリウス・コンジ
出演:オーウェン・ウィルソン、マリオン・コティヤール、レイチェル・マクアダムス、キャシー・ベイツ、エイドリアン・ブロディ、カーラ・ブルーニ、マイケル・シーン・・・


 老練ウディ・アレン、御歳76歳。『アニー・ホール』、『マンハッタン』、『カイロの紫のバラ』、『ハンナとその姉妹』、『マッチポイント』…。他では味わえないウッディ印の傑作を世に送り出してきた映画界の偉人。『ハンナとその姉妹』をこのブログで取り上げた時には先生とお呼びした、ウディ・アレン。容姿も含めて、ボクは御大ウッディ・アレンの大ファンなのです。

 さて、今作『ミッドナイト・イン・パリ』。僭越ながら、傑作を超えて、名作の域に達したこの作品の正体を記事にまとめたいと思います。


1.ウディ・アレンのニューヨーク、そしてウディ・アレンのパリへ。~ノスタルジーと迷子~

 ウディ・アレンがついにパリに乗り込む。しかも「パリ」をその名に冠した作品で。これだけで映画ファンは、よだれダラダラ(笑)
 ウディ・アレンと言えば、ニューヨーカー。ホームグラウンドのニューヨークを切り取ってきた作家です。『アニー・ホール』、『マンハッタン』、『ハンナとその姉妹』…。いわゆる、自身のフィルモグラフィのゴールデン・エイジ。しかし、ウディ・アレンのパリはウディ・アレンのニューヨーク以上に魅惑的でした。どうやら、最も美味しいご馳走は最後にとっておく主義らしい。

 パリにやってきた主人公ギル(オーウェン・ウィルソン)は、ハリウッドの売れっ子脚本家。なのに華やかな現代のアメリカよりも古き良き時代、1920年代のパリをひそかに愛している。彼は現代では懐古主義と軽蔑されるノスタルジーを彼の中で大事にしているのです。そしてある夜、タイムスリップしてその憧れのパリへと迷い込む。


 そこは、パリが最も華やかなだった時代1920年代。そこで出会うのは、スコット・フィッツジェラルド、ヘミングウェイ、ガートルード・スタントン、パブロ・ピカソ、T・S・エリオット、サルバドール・ダリ、ルイス・ブニュエル・・・。そしてピカソの愛人アドリアナ。

 そもそも、なぜこんなにも豪華な偉人達が同じ時代同じ年に存在したのか。その理由は、彼らが俗に言うロスト・ジェネレーションだからです。フィッツジェラルド、ヘミングウェイらは、第一次大戦で人間の残虐さに直面したが故に、社会と既成の価値観に絶望し、その中で生きる指針を失い、社会の中で迷った世代です。そんな彼らは新天地を求めて、パリへ集まった。彼らは「失われた世代」と訳されるが、それは実は誤訳で、正式な意味は「迷子の世代」です。

 期せずしてタイムスリップしたギルは初対面にも関わらず、彼らに温かく迎えられる。それも異常なまでに。(笑)そして彼らがギルに同じセリフを繰り返し掛ける。
「あなた、迷子なのね。」と。
おそらく、彼らが、現代に馴染めずパリの夜道で迷子になり1920年代に流れ着いたギルに、同じく社会から取り残された自らと妙な親近感を覚えたからであろう。

 この作品にぶつけられた想い。それは、新しい物をつくりだす人、そしようともがき苦しむ人にとって、「今にうまく言葉にできないような疑問を持ち、こうあるべきだった理想を想像する」ことが如何に重大かだ。つまりそれは「迷子」になること。
 「単なるノスタルジーではなく」という紋切型の表現があるようにノスタルジーは今軽蔑されている。でもノスタルジーって今に疑問を持つことなんじゃないのかな。そうゆうことを、この皮肉屋のおじいちゃんは画面にぶつけているのではないかと。


2.ファンタジーとリアリティの融解。~映画づくりを熟知した匠の業~

 ウディ・アレンの映画では、その映画そのものの空気の担い手が女優がまといます。 例えば、『カイロの紫のバラ』では現実逃避癖のオドオドしたミア・ファローな空気。『それでも恋するバルセロナ』では情熱的で奔放なペネロペ・クルスな空気。『マッチ・ポイント』では官能的で破滅が香るスカーレット・ヨハンソンな空気。

 では『ミッドナイト・イン・パリ』はどうだろうか。それは間違いなくマリオン・コティヤールのファンタジックで幻夢的な空気。観客を恋に落とすほどの破壊力をこの女優は確かにまとっています。ボクもマリオン・コティヤールに恋をしてしまいました。

 『ミッドナイト・イン・パリ』はそんな煙に巻く夢の映画。 だがこの幻夢的な空気を成立させる為の、土台と骨組みが半端ではない。料理でいうなら、仕込みと下ごしらえが素晴らしい。

 鼻につく文化人気取りの男、右翼的でブルジョワな婚約者の親父・・・。とにかく主人公にからむ登場人物や場所の設定も、ぴたりとツボを押えて念入り。すると、自然に虚構であるファンタジーが生きてくる。完璧な虚構を支えるのはリアルな細部だという黄金律をウディ・アレンは熟知しています。ハッキリに言って、この映画の唯一無二の尋常じゃない心地良さは、ファンタジーとリアリティが溶けて混ざり合う感覚にこそある。だから、ボクら観客は主人公とともに、恋するほどの幻夢と戯れることができる。


3.『ヒューゴの不思議な発明』、『アーティスト』・・・。
  そして『ミッドナイト・イン・パリ』。


 御大ウディ・アレン。御歳76歳にして、自身最高のヒット作を作り上げる。スコッセシの『ヒューゴの不思議な発明』にせよ、ザナビシウスの『アーティスト』にせよ、古い時代への回帰の潮流が今あるのかもしれない。さらに、これらの傑作に共通するのは、「ファンタジー」の再考だ。映画本来の醍醐味は「現実では味わえない体験」だと考えます。
20年代後半からがサイレントの過渡期であったように、今は映画の過渡期にあるのかもしれない。だから、映画の未来に対し自問する時期にきていて、未知のものに直面した今、自分たちの出自に帰る思いがあるのだろうと思うのです。現実では味わえない夢の体験という映画へと。
 

2012年2月12日日曜日

ドラゴン・タトゥーの女


2011・アメリカ・スウェーデン 日本公開中
監督:デヴィッド・フィンチャー
脚本:スティーヴン・ザイリアン
原作:スティーグ・ラーソン
出演:ダニエル・クレイグ・ルーニー・マー、クリストファー・プラマー、ジュリアン・サンズ、ステラン・スカルスガルド、スティーヴン・バーコフ、ロビン・ライト・・・

昨日、デヴィッド・フィンチャー監督『ドラゴン・タトゥーの女』を日劇にて観てきました。予想以上の逸品に感動したので、レコメンドさせていただきます。ネタバレは避けますのでご安心を。

まず前知識としての、あらすじです。
  月刊誌「ミレニアム」で大物実業家の不正行為を暴いたジャーナリストのミカエル(ダニエル・クレイグ)。そんな彼のもとに、ある大財閥会長から40年前に起こった兄の孫娘失踪(しっそう)事件の調査依頼が舞い込む。連続猟奇殺人事件が失踪(しっそう)にかかわっていると察知したミカエルは、天才ハッカー、リスベット(ルーニー・マーラ)にリサーチ協力を求める。

原作はスティーブ・ラーソン氏による言わずと知れたベストセラー超濃厚ミステリー『ミレニアム』。これは母国スウェーデンで三部作として映画化されています。





 で今回、ハリウッド映画化のデヴィット・フィンチャー版『ドラゴン・タトゥーの女』。

まず、オープニングクレジット。グロテスクで生々しくも芸術的な映像美。ツェッペリンの『移民の歌』(アアアーアってやつ)を背景にうごめく漆黒の液体。これはリスベットの心の傷を表現してるとか。兎にも角にも、超絶カッコイイ。映画にフィンチャー印がくっきりと刻印され、物語は幕を開けます。


物語の軸となるのは、リスベットとミカエル。
・リスベット(ルーニーマーラ)⇒ドラゴン・タトゥーの女。ゴスファッションに身を包み、背中にドラゴンのタトゥーを刻む23歳の天才ハッカー。分厚い鎧の中に渦巻く憎悪、孤独、暴力を携える。
・ミカエル(ダニエル・クレイグ)⇒雑誌『ミレニアム』のジャーナリスト。大物実業家ヴェンネルストレムの不正を暴きながらも名誉毀損で有罪判決を下され、ハリエット事件の真相解明を依頼される。ダニエル・クレイグだけにとてもセクシー。

今回、フィンチャー自身が語っているように映画の中心軸に据えられているのは、この二人の関係性。そして、何といっても、リスベットの存在の大きさ。このドラゴン・タトゥーの女であるリスベットが魅力的なこと。パンクな天才的ハッカーとしてだけでなく、瞬時の情報分析能力を有し、レイプ魔豚野郎に天誅を下す反骨精神。ダークでアウトローな鎧の隙間からもれる人間臭さや恋心。それをそこはかとなく醸し出すルーニー・マーラとそれを演出するフィンチャーは流石。


 高福祉国家、幸福社会であるスウェーデン。しかし、それの裏側に蠢くのは女性差別、性犯罪、暴力・・・。どんな社会でも存在する生きることを許されないアウトロー。その象徴がリスベット。この個人の反抗が腐敗した社会への反駁へと繋がり、映画そのもののエネルギーとなって、観る者に迫ってくる。

 リスベットというキャラクター像を造形しただけでも、この映画の価値は確かにあると思う。ニューダークヒロインと言われているが、まさに。

 フィンチャーの世界観醸成力も素晴らしい。ダークブルーで冷えきった北欧の世界、土地特有の空気が、作品にキレを持たらしている。ポランスキーの『ゴースト・ライター』にも似た空気感。

 一方、フィンチャーファンとしては『セブン』などの彼の凶暴性を期待してしまうかもしれない。でも、本作において、それはあくまで物語上のファクターであり、本筋のミカエルとリスベットに主眼を置いて逸品に仕上げている。原作へのリスペクトが感じられ、これはとても好印象。フィンチャーの職人としての貫禄ですかね。

 凍てつくほど冷たいダークな空気こそフィンチャーの持ち味。『セブン』、『ゲーム』など初期衝動でこそ顕著です。『ベンジャミン・バトン』や『ソーシャル・ネットワーク』では手堅く人間ドラマとして傑作ですが、やっぱり個人的にはフィンチャーには冷たいダークさを期待してしまう。


 『ドラゴン・タトゥーの女』はそんな凍てつくダークな空気が画面から醸し出す。リスベットの造形然り、登場人物は本当に魅力的。登場するキャラを好きなる感覚。これはシリーズもので最重要なこと。一方で、民族主義、権力腐敗など、批判的社会派ドラマとしても成立。


 フィンチャーが彼のフィルモグラフィーの中で培ったあらゆる要素が有機的に結びついた集大成的作品。傑作と言える知的ダーク・ミステリーでした。




こちらがその超絶かっこいいオープニング・クレジット。

2011年12月29日木曜日

僕が選んだ2011年映画ベスト10

今年はベスト10やります。僕個人今年、都心のキャンパスに移動になったこともあり、劇場で見た映画の数が激増した一年でした。大学より映画館で多くの時間を過ごした一年でした。はい。不良大学生です。映画はやっぱりあの暗闇の中スクリーンでお客さんと一緒に共有してはじめて完結するもので・・・。

まぁ、御託はどうでもいいのでさっそくベスト10行きます。映画をこっちのが凄くてこっちが凄くないとかするのは個人的に嫌いなので、順位はあまり気にしないでください。ベスト10、すべての作品が自分の中でほぼ同等に傑作です。あと、当たり前ですが、映画の完成度とか素晴らしさってことより、個人的好みで選んでいます。どうぞご了承を。




第1位 『ミスター・ノーバディ』(4月公開)


人生の選択。幾重にも枝分かれしたパラレルワールドを極上の映像美でもって体験させる逸品。SF叙事詩の最高傑作。僕にとってこの作品以外ベストワンに考えられません!

「人間というのは不思議なもので,確定したはずの過去に『別の解釈可能性』があり,そのとき『別の選択肢をとった場合の私』というものがありえたと思うと,なぜか他人に優しくなって,生きる勇気が湧いてくるんです。」(「うほほいシネマクラブ」 内田樹著)

人生は選択の連続。細かな決断の結果が、今の自分だと思う。進学に恋愛。これからは就職、結婚・・・。小さい選択であっても、もし自分があの時別の選択をしていたら、違う決断を下していたら、今とは極端に異なる人生を歩んでいるのかもしれない。そしてこれから長い人生そうだ。僕自身の人生でも、まだまだ二十年しか生きてないけど、小さな選択大きな選択の積み重ねをしてきました。

でも、もし別の高校に進学したとしたら・・・。
もし別の大学に進学していたら・・・。
もし映画制作部に入っていなかったら・・・。
もしゼミに入っていなかったとしたら・・・。
もしあの時、あの入試問題に正解してしまっていたら・・・。
もし一人旅であの時、電車を降り過ごさなかったら・・・。

おおお!そんなん、一体どうなっているんだあああ!?

こんな21の若造でさえも、そんな思弁的な随想に耽ってしまう。この『ミスター・ノーバディ』という作品は。


『ミスター・ノーバディ』は、「人生の選択」をテーマにした、巨大SF叙事詩です。お話は
2092年、人間は科学の力で不死の人生を手に入れていた。突然目覚めた108歳のニモ(ジャレッド・レト)は、他の人たちと大きく異なっていた。彼は永久再生化を施していない、世界で唯一の「死ぬことのできる人間」だったのだ。もはや天然記念物扱いの彼の一挙一動は、全世界に生中継されていた。そんな折、ニモのもとにやって来たひとりの新聞記者が、ニモの過去に迫るべく質問を始めた。ベッドに身を横たえたニモは、おぼろげな記憶の数々をよみがえらせていくが、そこには虚実の境が見えない不思議な世界が広がっていた・・・。
というもの。

『インセプション』で描かれたのが「階層世界」のならば、『ミスター・ノーバディ』は「並行世界」つまりパラレルワールドのお話。

つまり、1の道と2の道があった場合、通常、映画が描くのは、主人公が「選択」したどちらか一方の道だけである。ところがこの映画は、1の道も2の道も両方描く。さらに現れた分岐点では、3の道も4の道も描く。終わってみれば、枝分かれして、12の道(人生)を描ききってしまうのです。

樹先生のおっしゃる通り、「確定したはずの過去に『別の解釈可能性』があり,そのとき『別の選択肢をとった場合の私』というものがありえたと思う」と必然的に、今の自分の状況や周囲の人が非常に尊い存在であることに直面するんだなあと思います。

う~ん。まあ、でも、僕個人も、未だにこの巨大な作品を完全には理解することはできていない状態ですからね(汗)その証拠にこの1位の記事がイチバン散雑してますから(笑)

少なくともこの映画は、簡単に感動を与えてくれるタイプの作品でも、安易に講釈をたれるタイプの作品でもありません。観客側から積極的にアプローチをかけて、その真意を読み解くことが要されるタイプの作品です。パラレルに展開される12の物語を破綻させることなくまとめあげたジャコ・ヴァン・ドルマン監督の鋭い論理的思考と、芸術性に優れた絵作りに圧巻でした。右脳にも左脳にも訴えかける力を持っています。

でも、それは、万人受けするという意味ではありません。

好き嫌いは分かれる映画でしょう。でも、脳の全領域をフル稼働させた者だけに、ようやく示唆めいたものが見えてくる。そういう映画なんだと思います。手ごわいですが、極上の余韻が味わえます。

種類としては、『エターナル・サンシャイン』、『バタフライ・エフェクト』、『インセプション』、『落下の王国』あたりが好きな人は必見です。



もし、あの時、あいつがこの映画を薦めてくれなかったら。あの時、この映画のレイトショーを渋谷に観に行かなかったら・・・。

というわけで、2011年僕の選んだベスト1はジャコ・ヴァン・ドルマル監督作品『ミスター・ノーバディ』でした。この作品に出会えたことを心より感謝します。

これだから、映画はやめられないんだよな~。






第2位 『127時間』(6月公開)


これは過酷な大自然に打ち克つスペクタクルなどではありません。渓谷で落石に右腕を挟まれ、身動きできなくなったひとりの青年の5日と7時間。被写体はほぼ岩と男だけ。これを劇仕立てにしようというのだから、まさに冒険映画ならぬ映画的冒険ってなわけです。
ってな感じで、主人公が一歩も動かないアクション映画が『127時間』。これほど変化に乏しい素材もなかなかありませんよ。そんでもって、そもそもこのストーリーは、「予想外」が起こりにくい性質のものです。おそらく100%、誰もが予想した通りにしかならない、ならざるをえないシナリオです。

それを珠玉の映像技巧でもって極上のエンターテイメントに昇華させたダニー・ボイルの手腕は、どう考えたって認めざるを得ません。
つまりところ、彼の映像美学は決してギミックにとどまるものでは無いってことです。
例えば、瞬く間に活写される冒頭。それが表現するのは、都市の喧噪を逃れ自然を求める、いや、孤独を渇望するごく普通の青年の姿です。それは観る者に解放感を与えた直後、苦痛を共有させる仕掛けとして効果的なだけでなく、後々意味を帯びてくるのです。そこから流れで、迫真の一人芝居によって、あがき苦しむジェームズ・フランコは本当に不憫というか、皮肉というか・・・。

MTV風と揶揄されるダニー・ボイルの映像表現ですが、この作品ではそれがポジティブな《生》の象徴となっているのです。生きることへのダイナミズム。この作品はそれに満ち満ちています。
最後、アーロンが脱出後の叫び「HELP!」には、生きることへの渇望とイニシエーションを終えた青年の成長が込められているのだと思いました。う~ん。あの祝祭感は号泣必須ですね。
夏に一人旅を計画していた僕にとっては、その印象は骨の髄まで刻み込まれてしまいました。


あ、あと「2011年タイトルの出方のかっこよさランキング」があったとしら、間違いなく本作が堂々の1位ですよ~。






第3位 『ザ・タウン』(2月公開)


強盗のリーダー、ダグ(ベン・アフレック)が、ある女性を愛したことによって足を洗おうとしますが、仲間との繋がりのため対立を深めていくさまと、さらに追及の手を緩めないFBIとの手に汗握る攻防を描いた作品でした。
第一作『ゴーン・ベイビー・ゴーン』に続いてのベン・アフレックの監督二作目。『ゴーン・ベイビー・ゴーン』でクリント・イーストウッドの継承者と言わしめたベン・アフレック。今作で本当にイーストウッドを継承するに値する大器である思わずにはいられませんでした。

つまり、自分をかっこよく撮る天才ってなわけです。

アクション、 サスペンス、 ロマンス、 ドラマ・・・。散漫になりがちな様々な要素を紡いでいるのは徹底した緊張感。緊張に緊張を持続させるプロットが秀逸すぎます。(脚本もベン・アフレックは噛んでいます。)「どうせ犯罪者だろ」 という心理から 「必ず生きて欲しい」そんな気持ちに変化させるプロットは実に巧みとしか言いようがありませんね。

描かれるテーマは、社会に背く仕事、仲間との仁義、惚れてしまった堅気の女・・・。『ザ・タウン』のあのラストは、フレンチノワール、香港ノワール、東映ヤクザ映画、スコセッシ作品、マイケル・マン作品など連綿と受け継がれるテーマへの独自解釈と回答を提出なのではないかと思ってしまうのです。う~む、ベン、やりおるな。

あと、アメリカ映画ファンとしては、主人公ベン・アフレックと凶悪な相棒ジェレミー・レナーの関係は、スコッセシ黄金期のロバート・デ・ニーロとジョー・ペシを重ねずにはいられませんでしたね。






第4位 『ミッション:8ミニッツ』(10月公開)


『月に囚われた男』のダンカン・ジョーンズ監督二作目。デヴィット・ボウイの息子!と宣伝される彼だが、ダンカン・ジョーンズの父デヴィット・ボウイと言われる日も近いかもしれない。
僕がこの作品を鑑賞したのは実は8月。公開前です。というのも、一人旅からの帰りの飛行機の中で鑑賞しました。航空会社がブリティッシュ・エアウェイズだったから。何もすることのない機内で、何の気なしに観たら・・・

なんと、まぁ、近年稀なSFの傑作ではないか!
2週間の禁映画生活からの思わぬ大傑作ではないか!
飛行機の中でひとり大興奮ではないか!

そんな感じで1人エキサイトしていたら、隣に座っていたイギリス人の少年とCAさんに白い目で見られてしまいました。このジャパニーズはクレイジーなんじゃないかと。

「映画通ほど騙される」コピーに偽りなしです。オチの感想は未見の方のために言いません。

ありきたりなオチなんじゃないかと期待以上に不安先行で鑑賞してください。どうせ騙されないよなどと片意地張って鑑賞してください。そんな感情も見事に破壊してくれますから。

是非この作品のスピード感にぶっ飛んでください。

前作『月に囚われた男』も傑作、今作『ミッション:8ミニッツ』も大傑作。恐るべしダンカン・ジョーンズ。みなさん、これからはデヴィット・ボウイを宣伝するとき「ダンカン・ジョーンズの父。」と言いましょう。






第5位 『ブラック・スワン』(5月公開)


いや~~~、映画ってほんっっっっっっっっっっっとうにおもしろいっすわ。

映画の可能性の幅を見せつけてくれた、そんな5月でした。

『レクイエム・フォー・ドリーム』、『レスラー』のダーレン・アロノフスキー監督。彼の真骨頂は痛ーい、痛ーい神経逆撫でアバンギャルド演出。今作は、その独特の演出&観る人がナタリーと同化したかのような錯覚に陥らせるストーリーテリングとが相まって、もう五臓六腑を鷲掴みにされるようなゾクゾク感と衝撃でしたね。

ラスト、最強のカタルシス。エンドロールが終わっても、アワアワ言って席を立てない自分がいました。

ナタリー・ポートマン。僕ら世代、『スター・ウォーズ』新三部作から見守ってきたと勝手に自称します。そんな僕らのナタリー。見事マスターベーションをやってのけた僕らのナタリー。僕らは彼女にスタンディングオベーションを捧げます。






第6位 『50/50』(12月公開)

ご多分に漏れず『インセプション』と『(500)日のサマー』でジョセフ・ゴードン・レヴィットにやられてしまったクチです。彼が主演ときたら見逃せない。そんな今日この頃です。

それに、セス・ローゲン共演ときたら、もうね・・・。

まず、特筆すべきは闘病映画が秀逸コメディーになっている点。悲劇の真っ最中だというのに、それを笑い飛ばす不謹慎さがそのうち実に気持ちよくなってくる。同じ闘病仲間の自己紹介シーンなども、毒のある笑いで観客を笑わせ心を解きほぐした直後に、深刻すぎる病状が明らかになるなど、落差の激しい悲喜劇のサンドイッチ構造。アメリカンコメディ、それも悲喜劇トラジコメディーの神髄を見ました。

闘病映画でありながらコメディーとして秀逸なのは、ひとつひとつの描写が本当に本当にやさしいから。それは映画が脚本家とセス・ローゲンの実体験に着想されているからだろう。つくり手の思いは映画の画面に出てしまうのです。

主人公を支える心理療法士役のアナ・ケドリックも実にチャーミング。『マイレージ・マイライフ』で新入社員役を演じていた彼女です。

完璧すぎるのは、ラストからエンドロールへの流れ。パール・ジャムのYellow Ledbetter。自然に涙がじわっと。


70年代がポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、80年代がハリソン・フォードとそれぞれの時代を象徴するアイコンとして映画俳優という存在があります。そしてジョセフ・ゴードン・レヴィットは現代という時代をよく象徴している映画俳優なのではないかと思うのです。あの透き通っているような、やりきれない微笑がどこか魅力的だったりとか。彼という存在に自分自身を投影してしまう世の中の男はめちゃくちゃ多いのではないだろうか。ご多分に漏れずボクがそうなように・・・。






第7位 『X-MEN: ファースト・ジェネレーション』(6月公開)


『キック・アス』マシュー・ヴォーン監督による『X-MEN』の前日譚。正直言うとあまり期待せずに鑑賞したのですが、とんでもない快作。X-MENシリーズ最高傑作でした。

X-MENシリーズは史実を織り交ぜた社会性、ミュータントに象徴されるマイノリティと差別というテーマです。そこで今回出てくるのがキューバ危機。人の心を操作し、戦闘を回避させようとするチャールズ。武器をねじ曲げ、力で人を押さえ込もうとするエリック。第三次世界大戦は、ケネディではなく、ミュータントによって回避されたと信じたくなるような、展開・映像ともに本当に見事です。

リンカーン記念館の前でチェスをするチャールズとエリックに、キング牧師とマルコムXの姿を象徴させる演出があります。僕は近年の映画内のメタ表現の中で最も美しい表現ではないか思います。
新三部作の一作目だとか。楽しみな限りです。






第8位 『ゴースト・ライター』(8月公開)


やっぱり、ロマン・ポランスキー監督はすごいや~。あははは~。

久々の巻き込まれ型サスペンス&政治陰謀型心理サスペンスの大傑作でした。名作『チャイナタウン』や『フランティック』などでも語られるように、ポランスキー監督はヒッチコック監督の正統派継承者であると言えます。そして、映画に映画的な幻想的な幻惑的な雰囲気をつくりだし、画面たぎらせることの天才であることを今作で改めて示してします。あの寒々しく、殺風景で、幻惑的なあの感じ・・・。そんなこと思っていると『第三の男』のキャロル・リードを髣髴したりして。

ポランスキーはヒッチコック+キャロル・リードぐらいのレベルに達してるんじゃないかな。

そして、あの終わり方。おしゃれすぎますよ。ポランスキーさん。






第9位 『モテキ』(9月公開)


イエ―イ! モテキ~~~~!!!


「ああ~、やっと日本でぼくたちみたいなモテない奴のための恋愛映画をつくってくれたよ。」というモテない現代サブカル男子としての個人的喜びと、FUCKなテレビ邦画に一石を投じてくれたという日本の映画ファンとしての喜びと、長澤まさみのエロさへの性的悦びからです。

ハッキリ言って映画としての完成度からしたらまだまだだし、映画的に『ラスト・ターゲット』と比べたら『モテキ』は劣ります。しかし、モテない現代男子、日本の映画ファンとしてこの映画に心から拍手を贈りたいのです。

タマフルでの放送作家高橋洋二氏の言葉を借りるなら、2011年現在でしか撮ることのできない作品をつくってくれたこと。ミューズとしての長澤まさみが自分の好きなコト、才能のあるコトを仕事にできるかという青年期独特の将来への不安と期待のメタファーとしての存在。確かにそうですね。
ってなわけで僕らの映画『モテキ』を第9位に選ばせていただきます。

物語は~、ちと不安定~~♪






第10位 『ラスト・ターゲット』(7月公開)

イチバン好きな映画俳優はだれかと聞かれたら。僕がそう聞かれたら答える一人の俳優はジョージ・クルーニー兄貴です。そんな兄貴主演で、世界的写真家で『コントロール』をつくったアントン・コービン監督の作品。

東映ヤクザ映画やマイケル・マン作品  を髣髴させる上質のハード・ボイルド作品でした。兄貴は最近ヒューマンドラマ系やコメディ映画でご活躍ですが、この作品のまた違ったかっこよさなんです。
男が惚れる男の映画!あ、ぼくにそっちの気はありませんよ。ペキンパーとかマイケル・マンとか深作欣二作品にあるあれです。あのかっこよさです。

とにかくジョージ・クルーニーがかっこいいのです。アントン・コービンはジョージ兄貴を最高にカッコよく撮ることに成功しています。女と仕事、組織と仁義とかそんな映画に狂った僕にはどストライクな作品でした。


あ、因みにぼくの部屋にはこの映画のデカいポスターが飾ってあります。






あと、その他、2011年僕が個人的に素晴らしかったと思う映画は、『BIUTIFUL』、『ミッション・イン・ポッシブル:ゴースト・プロトコル』、『宇宙人ポール』、『猿の惑星 創世記』、『リアル・スティール』、『ウィンターズ・ボーン』、『コンテイジョン』あたりです。


ではでは、2012年もよろしくお願いします!良いお年を、良い映画年をお迎えください。


よっし!2012年も映画館へ行こうっと!