2011年2月5日土曜日
恐怖省
1944・アメリカ
監督:フリッツ・ラング
製作:シートン・I・ミラー
原作:グレアム・グリーン
脚本:シートン・I・ミラー
出演:レイ・ミランド、マージョリー・レイノルズ、カール・エスモンド、ダン・デュリエ、アラン・ネイピア、アースキン・サンフォード・・・
今回は久しぶりに洋画クラシックの名画をご紹介したいと思います。フリッツ・ラング監督作品、『恐怖省』です。「恐怖症」ではないことにご注意を。
フリッツ・ラング、誰やねんと思う方もいるかと思います。このフリッツ・ラング監督はドイツ人監督で、SF映画の伝説的金字塔『メトロポリス』やトーキー初期のサスペンス傑作『M』などを制作し、サイレント末期からトーキー初期のドイツ映画を代表する傑作を手がけた名匠中の名匠です。そして、ラングの映画に共通するテーマとして、「過酷な運命に必死に抗う人々」があります。というのもラングはよほどのナチ嫌いだったらしく、当時の宣伝大臣ゲッベルズからラングの才能を評価され、甘言を弄して亡命を阻止する中、間一髪で1934年にフランスへ亡命し、さらにアメリカに渡った人なのです。また、この際、ナチスの支持者となった妻とは離婚しています。
戦争中など人々の行き場のない思いが蓄積され、フラストレーションが起きているときにこそ文化的名作が生まれやすいというのはよく言われることですが、ラングの経歴はまさにそれを象徴していますね。
というわけで、本作『恐怖省』もそんなナチ嫌いなラングらしい「過酷な運命に必死に抗う人々」がテーマとなる秀作サスペンスです。 あらすじは、
イギリスのレンブリッジ精神病院。6時が時を打つとともにスティーブン・ニールの退院の瞬間がやって来た。駅に着き、列車が遅れていることを知ったニールは、中流婦人たちが催す慈善バザーの会場に入ってゆく。直前に占い師のベレイン夫人に予言され、ニールはケーキの重さを当てるコンテストに優勝する。それからニールは、奇妙な事件に巻き込まれていく・・・。
まず、とにかく光と闇に演出される雰囲気が何とも言えず独特。降霊術のときの龍の玉に照らし出されるニールの表情、妹に撃たれたときの銃弾が貫通した穴からわずかに見える兄の倒れる姿、屋上での銃撃戦の闇から撃ち放たれる一瞬の銃口の光。闇の底知れぬ深さと光のコントラストはサスペンスとしての最高の舞台を作り上げています。これは白黒映画でしか味わえない独特の世界観です。
内容は第二次大戦下のイギリスで、過去のある男が巻き込まれる陰謀、極秘情報をめぐるサスペンスで、典型的な巻き込まれ型サスペンス映画のパターンで、ヒチコックの『暗殺者の家』などによく似ています。そして、特筆すべきは良い意味でジェットコースタームービーで、展開がめちゃくちゃ早いことです。やはり観客を飽きさせない演出は心憎い。
ヒチコック映画はもちろん、この種の映画で陰謀に巻き込まれた主人公はしばしば、周りの登場人物に「頭がおかしいのでないか」と疑われたり、自分自身を疑って混乱に陥ったりします。しかし大抵、主人公に対する観客の信頼は、それほど揺るがせられない。良い例が『北北西に進路を取れ』などです。ケーリー・グラントも、不吉なものを内側に感じさせはしても、「いつか無実が明らかになる」という安心感があります。
しかし、本作『恐怖省』のおもしろい点は、途中まで、「本当に主人公がおかしいのではないか」と思わせる不安定さで満ちているところ。そしてそこが実に魅力的なのです。ひとつには、主人公ニールが精神病院を出てきたばかりという設定があります。彼はその経歴ゆえに、周囲に対する接し方が微妙にズレており、どこか信頼がおけない。また、ニールを演じるレイ・ミランド自身が持つ、精神面での脆さを感じさせる雰囲気もあります。この映画はワケの分からない事態に負われる切迫感とともに、主人公の表情や行動がどこかズレた浮遊感を漂わせているために、「おかしいのは主人公なのでは?」という疑いを常に観客に与え続けるのです。これは、間違いなく後世の『ビューティフル・マインド』や『シャッター・アイランド』に代表される作品に影響を与えています。
ラングの光と闇の魔術に酔い、主人公と同じ視座で、背後にあるナチスの恐ろしい陰謀を体感してみては。
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