2011年9月18日日曜日

未来を生きる君たちへ


2010・デンマーク・スウェーデン
監督:スサンネ・ビア
脚本:アナス・トマス・イェンセン
原案:スサンネ・ビア、アナス・トマス・イェンセン
出演:ミカエル・パシューブランド、トリーヌ・ディルホム、ウルリク・トムセン、ウィリアム・ヨンク・ユエルス・ニルセン、マルクス・リゴード

久しぶりの更新ですっ!この2ヶ月間、ヨーロッパをひとり放浪したりと色々ありました。これからはより一層映画に敬意と愛を込めて、ブログを書かせていただきたく存じます。
そして今回は実は初なのですが、公開中の作品を取り上げます。この作品は以前、映画評論家の町山智浩氏がラジオにて、日本公開前にこの作品を取り上げていて、ビンラディン殺害と絡めて論じていたのが印象的でした。個人的にそれ以来ずっと気なっていた作品で、ついに先日日比谷シャンテで観てきたので投稿します。


  『未来を生きる君たちへ』

 医師アントン(ミカエル・ペルスブラント)は、デンマークとアフリカの難民キャンプを行き来する生活を送っていた。長男エリアス(マークス・リーゴード)は学校で執拗(しつよう)ないじめを受けていたが、ある日彼のクラスに転校してきたクリスチャン(ヴィリアム・ユンク・ニールセン)に助けられる。母親をガンで亡くしばかりのクリスチャンと、エリアスは親交を深めていくが・・・。

 本年度のアカデミー賞外国語映画賞を受賞したデンマークの作品。

同時に、邦題へのツッコミが後を絶たない作品です。これは英題の『IN A BETTER WORLD』にニュアンスが近い希望的なものに近づけたためですね。しかし、そもそもの原題は『HÆVNEN(復讐)』とストレート。そしてこの原題こそが作品の主題となっているんです。

本作はある2組の家族が抱える葛藤(かっとう)から複雑に絡み合った世界の問題を浮き彫りにし、登場人物それぞれが復讐と赦しのはざまで揺れ動くさまを描写しています。復讐の連鎖でつながる世界を浮き彫りにし、圧倒的緊張感で画面をたぎらせます。

そのように、映画は北欧とアフリカ、大人と子供、男と女など、幾つものコントラストの中に存在する不寛容と、そこから生まれる負の連鎖を描き出してゆきますが、単純に暴力はいけない!、連鎖を断ち切らねば!、という事を声高に主張する訳ではなく、むしろ暴力を否定する事によるジレンマを描く事で《非暴力の難しさ》を突きつけるのです。
そんなこの映画は大きく二つの世界によって構成されています。一つは、エリアスとクリスチャンという子供たちの視点。もう一つは、アフリカ難民キャンプでのエリアスの父アントンの視点です。この二つの世界の魅せるコントラストがこの映画の要となっています。


 クリスチャンが、転入した学校で出会うのが、スウェーデン人のエリアスで、彼は執拗なイジメを受けています。しかし、やり返す事ができないでいるのです。たまたまエリアスと親しくなった事で、暴力に巻き込まれたクリスチャンは、躊躇する事無くいじめっ子のボスに対し熾烈な復讐を行い、結果的にいじめっ子は二人に手出しできなります。より強大な恐怖によって、小さな恐怖を遠ざけた瞬間です。
しかし、エリアスの父親であるアントンは、自らを差別的に蔑み殴った相手に対して、問いただす事はしてもやり返す事はしません。「殴られた。だから殴った。戦争はそうやって始まるんだ。」これはアフリカの紛争地で活動する彼は、復讐の連鎖が如何に巨大な怪物に育つかを良く知っているから。しかしそれは、クリスチャンにとっては単なる事なかれ主義にしか見えないのです。そしてクリスチャンとエリアスはとある行動に移してゆきます・・・。

 
一方、アフリカ難民キャンプでアントンもまた大きな矛盾にぶち当たります。ある日沢山の妊婦を虐殺してきた男が患者として運ばれて来るのです。
 アントンが信条とし、クリスチャンに見せた理想は、暴力が日常である苛酷な現実の前で、余りにも無力なのです。圧倒的非暴力の無力さ。これを提示される瞬間。


スサンネ・ビア監督は、デンマークの少年達とアフリカで活動する医師の姿を通して、暴力には暴力で対抗するべきなのか、或いは何があっても非暴力を貫くべきなのか、この非常に終わりのない自問自答を観客に問いかけます。それは映画館を後にしてもしばらく頭の中を巡ります。

どんなに非暴力の理想を持つ人でも、例えばクリスチャンがいじめっ子をボッコボコに殴るシーン、或いは悪漢がぐちゃぐちゃにリンチされるシーン。ここで観るものは悪しき者が罰せられたという一種の恍惚感を感じることでしょう。復讐のカタルシスです。客観的にみるとこれは怖いのでは。
暴力を捨て、憎しみを捨て、寛容に生きるという事は、言うほど簡単な事ではない。なぜならそれは、子供のイジメから、国家間の戦争に至るまで、人類が出現した時点から抱えている言わば原罪であり、それが人間が人間たる所以であるからです。


その中で登場人物はある決断をします。

このテーマは身近な問題でもあるため、これまでの作品と違い自分の物語として捉える観客も多いかと思います。それだけに主人公たちの決断、赦しの姿勢に共感できない人もいるかと思いました。
しかしこの作品の魅力はテーマや題材そのものではないのです。ラストで常に希望を感じさせるのは、下した決断の正しかった結果として希望があるのではなく、決断することで前進していく姿に、観るほうが希望を見出すからでしょう。何が起こっても、それでも生き続けていくのだという人間の強さを感じさせる点に、心が動かされるのかもしれません。


9・11テロからちょうど10年。
この復讐の10年。それを振り替えさせる映画でした。この機会にぜひ映画館へ。